2017年2月26日日曜日

駅長日記vol.28 S92-02-25

月齢28.1の細い月
5時15分 外気温-2℃、快晴、上り始発列車フラワ2000-3、M本運転士。
三寒四温とは言いますがここ最近気温の変化が激しいですね、体調管理に気を使います。
早いもので2月も終わり、つい先日バタバタと大晦日を迎えて・・・みたいな感じでしたが、うかうかしてたら3月中旬からイベントが連続しますから要注意ですね。


展示写真も若干入れ替えました。
冬景色が多いですけど、花の時期が楽しみですね(*^_^*)


今日は小物を何点か持ち込みましたが、パソコンを忘れました(^_^;)
けど1日過ごしてみて、特にパソコンの必要性が感じられなかったので、もう一度持ち込み品の見直しをしてみたいと思います。


ナショナル坊やとタイムスリップグリコのオマケのクーガ7(ラジオ)です。
子どもの頃よくナショナル坊やに似ていると言われました(*^_^*)


銀河鉄道999の車掌さん。
特に子どもさんを連れたお母さんに言われますが、コート姿の自分を見て「銀河鉄道999の駅長さんや!」って。
あれは「車掌さん」ですから(^_^;)


加西市の日の出が6時37分、大分明けるのが早くなってきましたね・・・


駅舎内に差し込む朝陽が何ともいい感じです(*^_^*)


駅構内の梅の花もかなりほころんで来ました。
来週くらいには7分咲きくらいでしょうか?


Facebookの友人のS行さんからトリスおじさんをお借りしました。
ナショナル坊やと共に「昭和」を感じますね(*^_^*)

カンナム・スパイダー

播磨下里駅のボランティア駅長の大海あすかくんが書いてくれました。
今日は常連の方の何名かは用事で来られないとのことでしたが、それでも終日誰かが訪ねてきて下さってました。
おかげさまで1日が早かったですね(*^_^*)

初めてお越しのH野さんはカンナムスパイダーというトライク(三輪バイク)に乗ってこられました。
その昔、大型バイクに憧れたことがあったので、少し跨がせて頂きましたが良かったですね(*^_^*)

大阪から同じくFacebookの友人のT口さんも来て下さいました。
法華口の方には何度か来られてましたが長駅には初めてでした、嬉しかったですね(*^_^*)

あと播磨横田駅のボランティア駅長の江村さん、播磨下里駅の同じくボランティア駅長の大海あすかくんが来てくださいました。
なかなか今までゆっくりと話す機会がありませんでしたが、今日は割と色々話せて良かったです。
こちらからもまた訪問させていただこうと思っています(*^_^*)

チョウゲンボウ
最近の駅での楽しみのひとつにバードウォッチングがあります。
駅周辺には結構な種類の野鳥がいることに気付いて、列車見送りの際に周りを見渡すクセがつきました(笑)


駅の周辺では他にミサゴ、ノスリ、と3種類のタカを確認しています。
春の渡りの頃にはまた様子が変わってくるかもしれませんが楽しみです(*^_^*)

長寿切符
駅から帰宅途中に北条町駅に立ち寄り「長寿切符」を買ってきました。
毎週のように問い合わせがあるので見本にするためにです(*^_^*)

本日も大勢の方に来て頂きました。
常連の方々も、初めて来られた方も、アリガトウございました。
今日もやはり「感謝」ですね(*^_^*)

2017年2月18日土曜日

駅長日記vol.27 S92-02-18


5時10分、外気温4℃、上り始発フラワ2000-2、運転士はM本さん。
1週間なんてあっと言う間です、ビックリしますね(@_@)

今朝はかなり暖かく調子が狂います。
そのせいかどうか、今日は忘れ物が多すぎ・・・

せっかく入手したビデオプロジェクターを活用しようと持ち込みましたが、リモコンを忘れたために使用できず(厳密に言うと使用はできます)。
構内展示用の写真も忘れる、3月の貸切列車に向けてのギターの練習をするつもりがギターを忘れる・・・

けれども始発から写真撮影に来ていただいたり、常連さんたちのお陰で難なく1日を過ごすことが出来ました。
ありがたいことですね!

今日も新たなお客さまが来てくださいました。
北神急行電鉄で広報活動等、活発に活動されていますA木さんとお連れの方の2名。
以前から存じておりましたが、なかなか楽しい方でした、これからもよろしくお願いしますm(__)m

それとA木さんと法華口駅で知り合ったという女性が1名。
初めて来られたのに妙に馴染んでいるという不思議な方でした(*^_^*)

あとマルチコプターやステレオカメラを駆使してユニークな撮影を楽しまれているO林さんも、今回は360度カメラを使って楽しい写真を撮られてました。
お会いするたびに何が飛び出すか分からない楽しさがあります、こらからも楽しみです(*^_^*)

本日も特に「異常なし」感謝あるのみで終了いたしました。

2017年2月12日日曜日

駅長日記vol.26 S92-02-11


0510、外気温-2℃、快晴、上り始発フラワ2000-2、B府運転士
前日の予報で積雪を期待されてか始発から3名の写真仲間の方が来られてました。
早朝からご苦労さまでした・・・が、見事に予報が外れ積雪量ゼロでした(>_<)

快晴で霧の発生もなく穏やかな午前中でしたが気球も飛ばない・・・
聞けば前日の気象情報を元に中止にしたとか、遠方から来られるグループもあるということで仕方がないですね。

建国記念日と重なった事で普段は土曜日は来られないという方も顔を見せて頂き、また法華口駅ではテレビの取材が来ているということで、普段来て頂いてる方々もこちらでゆっくりと過ごしていただいたので、終日賑やかな感じで楽しく時間が過ぎました。

これと言って変わった事もなく平穏無事に1日を過ごせました。
それが何より嬉しいですね、まだまだ春は遠いですが、確実に春は近づいています。
そういう事も今後伝えていければと思っています。

本日もお越し頂いた皆さん、ありがとうございました。
「感謝」です!

2017年2月4日土曜日

駅長日記vol.25 ~立春~ S92-02-04

今ひとつしっくり来なかった昭和の映画アイテム
05時10分、外気温-1℃、快晴、上り始発列車フラワ2000-3。
駅に到着時には南の空に木星が輝き、南東の方角にはさそり座が昇るのが確認できましたが、上り始発が通過して間もなく霧が発生し、10時前くらいまで見通しが悪かった。

日の出直前にはやはり気温がぐっと下がりましたが、その後は徐々に気温が上昇し、霧が晴れる頃にはコートを脱いでも十分しのげるほどの陽気になりました。

ノスリ
今朝は俯瞰撮影しようと早朝から出てこられたK山さんも濃霧のために断念された様子で、下り一番列車が来る頃には駅に来られてました。

その後、気球のサポーターチームのB所さんと移動中に知り合われたKB田さん、M者さんご夫婦、前日の新幹線最終で埼玉から来られたY田さん、そして高砂から来られたB場さんが次々に来られて午前中から賑わいました。

その後順次皆さん出かけられましたが、K山さんから対向ホームの梅の蕾が膨らんでいるとのことで、M者さんたちと「ノスリ」を追いかけた帰りに撮ってみました。

そういえば今日は立春・・・例年では立春といっても名ばかりで寒いという印象しかありませんでしたが、今年は天候の変化との絡みでポカポカ陽気になったようです。

対向ホームの梅
そして立春といえば地元加西の富久錦さんが出される「立春朝搾り」
日本名門酒会に加盟されている酒蔵より提供される限定酒です。

今は日本名門酒会には個人会員というものは存在しませんが、かつては個人会員として色んなイベントに参加させていただいたり、頒布会その他にて数え切れないほどの日本酒を飲む機会に恵まれました。

北条鉄道に撮影に来た時から気にはなりつつ2年間見送りました。
今日はM者さんが予約されていて富久錦さんに行かれるとのことでしたので、あれば買ってきてくださいとお願いしていたところ3年目でようやく手にできました、ありがとうございました(*^_^*)

かつて会員だった頃の懐かしい酒器と立春朝搾り
ここ最近は日本酒は年に数回しか飲まなくなったのですが、今夜は懐かしい酒器で楽しみに味わせて頂きたいと思います。

午後一番に自転車のI佐さんが来られましたが、ほぼ同時期に旅の手帖さんから取材を受けました。
元々はホームに設置されている石造りの像を撮影するだけに来られたようなのですが、ボランティア駅長が・・というより本物の駅員がいると思われて話しかけてこられました。
・・で、正体?が分かった時点で改めて話をさせていただいたり、写真を撮っていただいたりしました。
実際に掲載されるかどうかは分かりませんが、もし掲載されるようなら改めて紹介させていただこうと思います。

その後、再びY田さん、B場さん、そしておなじみのM田さんが来てくださり、楽しく過ごさせていただきました。

実は今日は体調が本調子ではなく、朝起きたときの都合で休もうかなとも思いましたが、思ったよりもすんなり起きれたので出てきました。
気温もやや高めだったので助かりましたが、敢えて書きますが無理して出てきた甲斐もありました。

本当に出てくるたびに感謝の連続です、皆さんアリガトウございました。

長駅16時25分発下り列車
今日は16時過ぎには駅を後にしましたが、帰宅途中で下り列車に遭遇することが分かったので久々に北条町駅側から列車を撮影しました。
知る人が見れば分かるように運転士はM本さん、通過時に敬礼し見送らせて頂きました。

明日は体調と相談して、できれば完全休業日とさせていただくつもりです。
先も長いことなので、ボチボチとやらせていただこうと思いますので、これからもよろしくお願いします。

駅長日記・番外編・・・思い S92-02-04

1971年 播但線 溝口駅
北条鉄道、長駅のボランティア駅長を拝命して早や5ヶ月が過ぎました。
この辺りで応募した本当の理由というか「思い」を書いておこうかなと思います。

キッカケは昨年の7月にボランティア駅長、サポーターを募集するので応募されてはどうですか?と鉄道側から連絡いただいたのが最初でした。

連絡いただいた時に元々思うところがあり、一瞬受けようかと思ったのですが、やはりまだまだ現役のサラリーマンでもあるし、ボランティアとは言えそれまで足繁く通っていたのとは違い無理だと判断してお断りしました。

ところが8月に恒例の小学校の同期生の飲み会の席で、その事を話すと鉄道写真家の友人の野沢くんたちから強く勧められ、自分の中にあった思いに再び火が灯った事で、締切の最終日に応募することになりました。

さて、その「思い」の話です。

1958年に兵庫県西宮市で産声を上げ、その後14才まで同じく川西市で過ごしたのちに姫路市香寺町に移り現在に至ります。

川西時代は能勢電鉄、阪急電鉄。香寺に移り住んでからは播但線と、常に鉄道と寄り添うような生活を続けてきました。
父親がクルマの免許を取らなかったので、移動の足は専ら鉄道でした。

幼稚園、小学校も当時は越境入学と言われてましたが、地元川西の学校ではなく大阪府池田市の学校に通っていた関係で、5才から定期券を持って通学していたのです。

当時はどんな小さな駅にでも駅員さんが常駐されていて駅務に励まれていました。
川西時代にはホームでローラスケートをしたりキャッチボールをしたりして、駅員さんに叱られたこともありましたが、通学の行き帰りには親切に声を掛けてもらったりして、駅員さんは優しいオジサンとのイメージが強く、そして未だに残っています。

そして香寺に移った1972年は鉄道開通100年の節目の年と、既に全国各地で進んでいた無煙化(蒸気機関車廃止)が相まって空前の(大層か?)SL(蒸気機関車)ブームでした。
元々機関車好きであった自分は毎日のように父親のカメラを持ち歩き、機関車の写真を撮ってました。

当然、最寄りの駅にも行くわけですが、その時には必ず入場券を買って入るようにと親から小銭を貰います。
当時は券売機など無く駅の窓口で買うのが普通でしたので、入場券を買おうとすると、駅員さんは「ポケットにしもとけ、入って好きなだけ撮ったらエエ」と言ってくれました。
そんな事も何度か経験したり、それ以外にもやはり親切に声を掛けてもらったりしながら撮影を楽しんでましたね。

また機関士や機関助士の方とも顔見知りになり、停車時間が長い時などには運転席に入らせてもらったり、鉄道にまつわる面白い話を聞かせてもらったりしたものです。
それは最寄りの駅だけでなくて、他の駅でも同じように親切にしてもらったという思い出が残っています。

国鉄関係で唯一叱られた記憶は、最寄りの駅のラッチ(改札口)に掛けられてた改札鋏を触ったときくらいかな?

・・・と、まぁ他愛のない話ではありますが、駅には駅員さんが居る、それが当たり前の時代だったんです。
しかし、やがて合理化の波が押し寄せてきます。
その後、高校、大学、そして社会人と通学や生活の足として利用し続けるわけですが、徐々に最寄りの駅をはじめ各駅の駅員さんの数も減り、ついには無人駅に・・・

長年に渡って少しずつ変化していったわけですが、かつては当たり前であったことが、そうでなくなったことに気付いたときには世の中の他の部分でも、そういった人と人のふれあいの部分が欠如してしまっていたのです。

やがて自分もクルマが普段の足となり、鉄道を利用することは年に数回。
もう駅に人が居ないということさえ当たり前になり意識もしないようになっていました。

それが2014年の秋に変化が訪れるのです。
NHK BSプレミアムで現在も放送されている「鉄道紀行 中井精也のてつたび」で北条鉄道が取り上げられた回(再放送分)を、元々、中井精也氏のファンであったので出演される番組を検索録画していた中で見つけたのです。

その番組の中で注目したのが法華口駅とそこでボランティア駅長をされている北垣美也子さんでした。
特に番組ラストのくだりは今だに思い出すだけでウルッと来てしまいます。

北条鉄道は加古川線の支線の頃から当然知ってはいましたが、足として利用するでもなく、姫路に出かけた帰りに北条町に用事があるときに、ちょうど法華口駅の南側の踏切を渡る時に傾いたホームの柱、朽ちかけた農業倉庫、そして極たまに踏切に引っ掛かり、バス(レールバス、フラワ1985)が線路を走る様子が印象に残っていたくらいで、気にはなっても訪れようとはしなかったです。
ところがその番組を見た時に何とも懐かしい気持ちに襲われ、居てもたっても居られなくなり録画を見た週の終わりに訪れることになるのです。

当時は前出の写真家の野沢くんとも、その2年前に37年振りの再会を果たして、しかも鉄道写真家として活躍をしているとのことで、逆に感化されて自分も40年振りに播但線の車両などを撮っていましたので、クルマでサッと行って撮っても良かったのですが、なぜかそれよりも、まず乗ってみたい、そして列車で法華口駅に行きたいと思ったのです。

その日はクルマで北条町に向い市営駐車場にクルマを停めて上りの始発列車に乗りました。
車両はレールバスと言われていたものから立派な?気動車に変わっていましたが、乗り心地は想像していた以上に揺れて、レールの継ぎ目の音も懐かしく、運転席横から前照灯に照らされる線路を見つめていました。

やがて法華口駅に到着しホームに降り立ったのですが、降りた瞬間に何とも言えない感情に襲われました。
初めて来たのはずなのに懐かしい・・・
確かに駅舎そのものは鉄道省時代の規格に則ったものなので馴染み深いのは当然なのですが、それに増して空気感というものがそう言う気分にさせてくれたのだと思います。

待合室に入った時には内部は改装されていたので若干そういった気分は削がれたものの、外気とは明らかに違う暖かさ、そして早朝からパンを焼かれていたのでしょう、何とも香ばしい香りが重なって、また違った思いに駆られました。

その日はお会い出来ませんでしたが、そう長くない間に北垣さんとも会うことが出来、思った以上に魅力のある方だと分かり、以降毎週末には必ず訪れるようになりました。

駅舎の持つ雰囲気、北垣さんの魅力もさることながら、何よりも駅に人が居るということが自分の中に仕舞い込んでいた思いを蘇らせてくれたのです。

そして、いつの頃からか何か恩返し的なことが出来ないかと思うようになり、微力ではありますがSNSやブログで紹介するようになったのです。
・・・恩返しって書くと大層な感じですが、何でしょうね、自分がかつて良くして頂いた鉄道、そして再びその思いを蘇らせてくれた北条鉄道に対してなのかは分からないのですが、何かそうしなければ、みたいなことが「思い」に繋がっていったのは確かです。

ボランティア駅長に応募し、その面接にあたって思いをどう伝えるか考えました。
自分もこれまでに色々なことをしてきたので、抽斗の数はそこそこあります。
しかし、そんなことは後の話で、まずは駅員になりたい・・・その部分を中心にいこうと面接に臨みました。

希望する駅は書類には第一希望を播磨下里駅、次いで長駅・・・ようするに古い駅舎の駅を希望したのです。
その件については希望は叶わず、第二希望の長駅を強く勧められました。
それは素直にのませて頂き、次に何をしたいか?と聞かれたので、国鉄時代の服装も含めた雰囲気で務めたいと話しました。

しかしながら、それをしてもらうに当たってはボランティア駅長の基本的な月に2回以上担当駅に赴き1、2時間居るだけでは形にならないのでは?と言われたので、もしも自分の希望を採っていただけるなら毎週1回始発から相当時間(とりあえず暗くなるまで)務めさせていただきますと答えました・・・それで「採用」と相成ったわけです。

そこからが大変で制服、手回り品などの収集にひと苦労します。
国鉄時代のと言っても、すでにJRに変わって30年です、未使用品であっても傷みがヒドく高価です。
しかし、そこでもいろいろな「縁」に助けられて一応の形はできました。

立ち居振る舞いというものは自分自身がかつて日常生活で見てきた駅員さんの姿が原形になっています。
あと指差喚呼など専門的な事については聞いたり調べたり、もちろんあの映画も参考にさせていただきました(カッコよすぎて参考になりませんw)。

そしてまもなく半年、色々な意見も頂戴したり、SNSでの反応も見てきました。
なかでも地元の方との何気ないやり取りのなかでの反応は自分にとっては嬉しい限りでした。
たとえ週に1日だけでも駅に活気が出てきたのが嬉しいとか、本物の駅員さんが来たと思ったと聞いた時にはホンマに嬉しかったですよ。

他の駅の駅ノートに苦情めいた事を書かれて鉄道から連絡があった時も「駅員が」と書かれていたのを知り、不適切ではありますが嬉しく思いました。

毎週のように知人、友人の方々も訪れてくれていてホンマに有り難いと思っています。
駅に人がいることで、また新たに人が来ることも、皆さんのお陰で経験できました。
それと新たな出会いや再会も多々ありました。

あと、家族からの、特に母親や息子の後押しには感謝しています。
母親はかつて兄弟、親戚に鉄道関係者が多数いたこともあるからでしょうか、もしかしたら自分は職業選択を誤ったのかな?とも思えるほどです。

息子もコートを入手しようとしていた時に色々力になってくれました。
冬季突入寸前に間に合って良かったです。

そんな事で駅舎内に入ると好き勝手なことをして過ごしていますが、一旦ホームに出ると駅員さんになり切るよう頑張っております。
人によってはただのコスプレのオッサンにしか映らないかもしれませんし、聞けば正直ムカッときますが、まぁそれは仕方がないでしょう、笑い飛ばして頑張ります。

最後に、やはりこういう機会を与えてもらったきっかけになった北垣さんへの感謝でしょうね。
面と向かって言うのも照れくさいし、そんなこと言っても笑い飛ばされるだけなので言いませんが。
この投稿を見ることがあれば、また笑ってもらえたら嬉しいですわ。

とにかくそういう「思い」を胸に任期の2年はやり通すつもりでいますので、よろしくお願いします。
長ったらしい文字ばかりの記事に最後までお付き合い頂きありがとうございました。
やらせてもらうようになって、一段と時間が経つのが早くなりました、これって良い事なのでしょうかね・・・、ワハハハハ!